『アデル、ブルーは熱い色』レビュー

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アデル、ブルーは熱い色

“La Vie d'Adèle”

(2014年/監督:アブデラティフ・ケシシュ)

 

ミッドナイト・イン・パリ』でレア・セドゥが出て来た。彼女は、過去から戻って来た主人公が出会うアンティーク・ショップの店員役。レア・セドゥを最初に知ったのは『ミッション・インポッシブル:ゴースト・プロトコル』の時。暗殺者役で、冷徹な視線と魅惑的な外見のアンバランスさ。何も話さなくても、どこか繊細さが溢れているようなそんな感じがしていたのを覚えている。その次は『美女と野獣』のベル役。その後はボンドガール。何の役でも何処かで惹きつけられるのは何故だろうと思っていた。
時間があったので映画を見ようと思った。そうしたら、あるポスターを思い出した。それが『アデル、ブルーは熱い色』だという事を探し出し、鑑賞した。

 

高校生のアデルには上級生の恋人トマがいたが、満たされぬものを感じていた。そんな時、髪をブルーに染めた女性とすれ違い、心奪われる。すぐにトマに別れを告げたアデル。ある夜、偶然入ったバーであの青い髪の女性と再会する。彼女の名はエマ。年上の美大生だった。知的で洗練されたエマに急速に惹かれていくアデル。ほどなく、互いに心だけでなく肉体も激しく求め合うようになる2人だったが…。

映画 アデル、ブルーは熱い色 - allcinema

 

この作品は179分と長い。その分、全てのシーンが繊細で丁寧で美しい。

 

日常
エマとの出会い
非日常
エマとの別れ

 

物語としての流れは上のようになると思う。

アデルの学校生活を映し出し、エマと街中ですれ違う。エマはブルーに髪を染めている。曇っている日のブルーはとても際立って現れる。
最初の授業の場面で「人生に偶然はない」という台詞があり、エマとの出会いがある。交差点での出会いは、まずアデルが目をエマに奪われる。そして何度も振り返る。振り返り、また見る。その絶妙な狭間でエマが振り返り、アデルを見る。これにアデルが気付いたかは分からない。だが「人生に偶然はない」という言葉はエマによって再びアデルに投げかけられる。だから交差点での出会いの時にエマも何かを感じたのだろうと思う。

エマと初めての出会いを果たしたアデルは未知の世界に足を踏み入れる。友人に連れられ、ゲイ・バーへと足を踏み入れる。そこに再びエマが現れる。このゲイ・バーでもエマの青い髪は目立つ。そしてアデルとエマは会話を始める。周りがうるさいから、2人は近づいて耳に囁くようにして話さなければならない。ただ話しているだけであるのに、この場面はとても性的な表現を含んでいるように感じられる。
こうしてエマと出会ったアデルは、精神的にあるいは性的にエマとの関係を深めて行く。2人はお互いを求め合う様になる。

クローズアップショットで、エマとアデルの顔がよく映される。特に公園での場面と2人の後ろから陽の光が差し込む2つのショットは印象的だ。

 

エマとアデルの家庭の対比も面白い。エマの家庭は自由。「あなたの本当にやりたいことは何?」しかしアデルの家庭は安定。「絵を描いているだけじゃ生活していくのは厳しいだろう」(これを聞いていた時のエマの死んだ魚のような、うんざりしている目の表情が素晴らしくいい)

 

喧嘩の後、久し振りにカフェ出会うアデルとエマ。しかしアデルがエマに「私のことを愛していないの?」と聞き、エマが首を横に振る(つまり愛していないということ)。この時の2人の表情といい何もかもが哀しい。

 

ブルーという色は作品中のいたるところに登場する。 エマの染めた髪の色やアデルの服、そしてエマと別れたアデルが体を浮かせる海。どの場面でも「ブルー」という色がモチーフとして使われている。エマという自由な存在を象徴するかのような周りとは違う、際立たせる為。アデルがエマと会える喜びとして。哀しみとして。本作の英語のタイトルは"Blue is the warmest colour"(「ブルーは最も温かい色」熱い色という意味があるのかは分からないが、セックスとかそういうシーンがあるから"熱い"という言葉をチョイスしたのなら少し違うと思う)。ブルーは本来オレンジや赤などの色と対照的な悲しみ・暗さを象徴する色だ。しかし本作では必ずしもそうではないことを映してくれる。

 

エマはアデルを非日常へと誘った。しかしその非日常が、エマとしては日常だった。ここに2人のギャップがある。だからエマは次のステップつまりアデルと別れることができた。しかしアデにとっては同性との関係を持つことが非日常的出会ったが故に、彼女の記憶の中に青い髪がいつまでも残ることになるのだと思う。最後の場面はあっさりとしているように思ったが、後から考えるとアデルがブルーのドレスを着ていたことが、エマと別れてもなお、アデルはエマの影を追い求め続けることの象徴なのではないかと思う。

文学の授業の内容がエマとアデルの関係を象徴していたり、サルトルボブ・マーリーの思想を繋ぎ合わせたり、エマとアデルのセックスの場面を美術館を訪れる場面を前に置くことによって、崇高で芸術的な場面に見せたり。『アデル、ブルーは熱い色』という作品は、文学的で小説を読んでいるかのような感覚に観客を陥りさせる。

サルトルの著書をいくつか読んでみようと思う。それとボブ・マーリーの『ゲット・アップ、スタンド・アップ』も聴いてみようと思う。そうすればよりこの作品への理解が深まるかもしれない。

Get Up, Stand Up

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