『思考力』外山滋比古:書評/感想

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題名: 『思考力』

著者: 外山滋比古

出版: さくら舎

 

「知識偏重型社会」からの脱却 

 多くの名のある大学がグローバル化に本腰を入れ始めた。少人数制のクラスを導入し、教授は外国から招いた方。授業は教師からの一方的な講義ではなく、ディスカッション/ディベートを主とした授業。これらがなされているのは、個々の大学が世界の動きに合わせたためであろう。つまり「知識偏重型社会」からの脱却、「詰め込み式教育」からの脱却。本書では、まさにこれが述べられている。「知識偏重型社会」への警鐘・「思考」のすゝめ。4章に渡り、氏の半生も交えながら、"思考力"について語られる。

 

思考力

思考力

 

 

4つの思考力

本書は全4章で構成されている。

1 自分の頭で考える力 ー答えをいくつ出せるか

2 頭を整理する力 ー思考しやすくなるために

3 直感的思考力 ーマイナスだから強くなれる

4 独創は反骨力 ーだれもやらないから、おもしろい

 第1章は、「知識偏重型社会」への批判。第2章は思考するために効果的な方法から入り、再び「知識偏重型社会」への批判。第3章は、主に教育についてイギリスの教育制度なども交えながら述べられている。第4章は、本書の最後の最後まで外山滋比古氏の自叙伝と言っても過言ではない。

 

 無菌のマウス

 氏は知識偏重型社会の中で育った子供たちをこう例えている。〈無菌のマウス〉。実験用のマウスは完全に無菌の状態で育てられ、全てが管理され正しいもののように思えるが、いざ実験になるとそんほとんどが死んでしまう。しかし、野生のネズミは雑菌の中で育っているようなものだから、多少の菌でも死なないという。つまり氏は、〈無菌のマウス〉ではなく、〈野生のマウス〉のようにして子供たちは育った方がいい、そう暗に言っている。教えられたもの、一方的に教えられたものが正義だ、善だ、正しいのだ。そう決めつけるのではなく、実際に経験して、その中から自分で、何が正しく、何がいけないのか。それを見極めよ。そう述べられている。

 確かに現代社会で実際に自分の経験から、何が正しいかを見極めるというのは大変少なってきていると思う。なぜか。それは"インターネット"という万能ツールがあるからである。検索ボックスに知りたいもののキーワード、または知りたい情報そのものを、キーボードでカチカチと打ち込めば何でも出てくる。そしてその検索結果で出てきて、情報を自分の「知識」として飲み込む。それは果たして「知識」と言えるのだろうか。新明解国語辞典 第七版は「知識」を、こう定義している。

ちしき【知識・〈智識〉】 

ある範囲の事柄について知って(理解して)いることや内容

ー『新明解国語辞典 第七版』(三省堂、2013年)

 何を持って「知る」と言えるのか。何を持って「理解した」とするのか。知識偏重型社会からの脱却には、そして少しの病原菌で感染してしまう〈無菌のマウス〉をこれ以上、生み出さないためにも、これらの問いへの答えを出すことは不可欠であろう。

 

知識から英知へ

 知識というものは、いつも変化しながら、流れている。上辺を流れている流水は、ただの流行に過ぎない。そのときは、つぎつぎに変化するから興味をひかれるが、いずれはほとんどが消えてしまう。

 その知識のごく一部が地面にもぐって、長い時間をかけて地下に到達する。地下にいたって水脈となり、それが三十年ぐらいたって、泉となって地上に湧き出してきたときには、もとの知とは違うものになっている。

 このようにして、時間をかけて出てきたものは、もはや知識とはいわない。それを英知という。英知とは、知識の上にある理性的な知恵であり、これが人間の文化を形成していく。

 ー外山滋比古著『思考力』(さくら舎、2013年) p13~14

 

氏の自叙伝

 本書は「思考する」ということの重要性の他にもう一つ要素を備えている。それは第4章で述べられる、外山滋比古氏の"昔話"である。なぜだか『思考力』という題であるにもかかわらず、自叙伝になっているのだ。これは読んでいる最中に思わず驚いてしまった。思考力というものを養うためにどうすればいいか、というようなハウツー本だと思って本書を購入した方は、肩透かしを食らうだろう。だが、これが無益かというと、全くそうではない。氏の人生から学べることは沢山ある。

 太平洋戦争中にその青春を過ごした氏は、敵国語である「英語」を学んだ。友達も含め大勢には冷ややかな目で見られたという。終戦を迎えると、手のひらを返したように皆が"これからの時代は英語だ"と言い始め、留学したという。だが氏は、その風潮に嫌気がさし、日本で古典英文学を学び始めた。この後の人生もまさに波乱万丈。

 その"ハングリー精神"とでもいうべきだろうか、それには見習うべきところが沢山ある。氏の半生から本書の題である「思考力」を学ぶことも出来るだろう。

 

 総評

 外山滋比古氏による『思考力』は、今生きている社会が「知識偏重型社会」であることを気付かせてくれる。日本社会全体が"グローバル化"に進んでいる今、欧米社会の情報の受け売りではなく、日本ならではの何かを"考える"。そういった「思考型社会」となっていくことに期待したい。

思考力

思考力

 

 

*『思考力』を読む前または読了後に、TBSラジオ伊集院光とらじおとゲストと」にゲストとして招かれた外山滋比古氏と伊集院光氏の対談を聴くと面白いかもしれない。

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