龍馬伝:第1回『上士と下士』

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2010年1月3日から同年11月28日まで、NHKにて放映された第49作大河ドラマ龍馬伝』。今回の感想は、第1回『上士と下士』。

 

あらすじ

天保14年(1843)高知城下、9歳の坂本龍馬濱田龍臣)は学問も剣術も苦手、そのうえ泣き虫。父・八平(児玉清)や姉・乙女(土屋太鳳)は龍馬に武士らしく、強くたくましく育ってほしいと願っていた。

ある日、幼い龍馬は鳥かごを売り歩く地下浪人の岩崎弥太郎(渡邉甚平)と出会う。弥太郎は農民からも蔑まれるような貧しい暮らしをしていた。土佐藩には上士・下士の厳しい階級制度があり、武士と言っても位の低い郷士の龍馬や地下浪人の弥太郎は屈辱的な差別を受けていた。龍馬は、ふとしたことから上士の少年を怒らせてしまい、上士に無礼討ちされそうになる。母の幸(草刈民代)が決死の覚悟で上士を止め、龍馬はことなきを得るが、その事件がもとで幸の病気は悪化し、ほどなくして死ぬ。龍馬は母の遺言を胸に刻む。  

時はたち嘉永5年(1852)、龍馬(福山雅治)は剣術の腕を磨きたくましい武士に成長していた。幼なじみの平井加尾(広末涼子)は美しい娘に成長し、密かに龍馬に恋心を抱いていた。武市半平太大森南朋)は下士のリーダー的存在になり、弥太郎(香川照之)はひとり学問に専念していた。ある日、恩師を失い自暴自棄になった弥太郎が上士にけんかをふっかけてしまい、龍馬は仲裁にかけつける・・・。

龍馬伝のあらすじ 第1回 「上士と下士」 - Infoseek 特集

 

感想

"泣き虫"龍馬 

ほとんどの人が想像する「坂本龍馬」という人物は、"幕末のヒーロー"といった感じだろう。しかし『龍馬伝』は、全く違う龍馬が映される。川に飛び込むことも恐れ、学問も特に優秀といったわけでもない。ましては友達を率いるようなガキ大将でもない。その"泣き虫"がどのようにして「坂本龍馬」になっていったのか。その鍵は、この第1回から早々に明かされる。それは、母親の死だ。父親と兄に「侍としての誇りを失うな」と言われ、くじけそうな時に支えてくれたのが母親の幸。自分の話を聞いてくれて、応援してくれる母親は、龍馬にとって、きっと他の誰よりもの心の支えであったのだろう。

『龍馬、おまんは決して出来の悪い子じゃないき。焦らんでもええが。龍馬はきっと立派な侍になるき。母はそう信じちゅう。』

龍馬は母親の死後も、その言葉を思い出している。自分のために、自分の体調など気にもせず、かばってくれたその行動は"泣き虫龍馬"が「坂本龍馬」になっていく、一つ目の鍵なのだろう。

 

 

"地下浪人"弥太郎

龍馬伝』の語り手でもある、岩崎弥太郎。この物語で龍馬の成長と共に、彼の成長も描かれる。つまり『龍馬伝』は、岩崎弥太郎という人物のサクセスストーリーでもあるのだ(それが史実だろうと、なかろうと)。また、弥太郎から見た「坂本龍馬」を描くことで、龍馬の言動/行動を第三者視点から見ることが出来る。

龍馬よりも身分が低いことも重要な点だ。それ故に、土佐藩での厳しい身分差別も彼からの視点で語られる。弥太郎の家の中は埃がまい、着物は薄汚れ、武士の魂とも言える刀は錆びついている。実際にこのような状態だったのだろうか。土佐藩の身分差別について、調べたい。

何よりも香川照之の演技が凄い。何も言わなくても、滲み出る龍馬への憎しみというか、悔しさというか。弥太郎から見たら、龍馬は"ボンボン"だったはずだ。その上、大勢に人から慕われている。羨ましく、と同時に悔しかったのだろう。いつか見返してやる。そう心に誓っていたはずだ。

 

 

上士と下士

この回の題でもある「上士と下士」。きっとこの回だけではなく、これからもその階級制度による差別は描かれるだろう。終盤で上士が下士を斬る事件が起こる。しかしその上士は「お咎めなし(無罪放免)」。それが原因で下士の怒りは、どんどん大きくなっていく。特に武市半平太(以後武市さん)の剣道場に通う、下士たち。彼らは後に「土佐勤王党」を結成し、土佐藩の攘夷運動の中心となる。

では(この『龍馬伝』で)龍馬の上士に対する見方はどうなのかというと、そこまで極端に描かれていない。武市さんも「坂本龍馬という人物が未だにわからんぜよ」と言う。周りから見れば、剣の腕もあるにもかかわらず、上士に反抗せず、のらりくらりと生きているように見えたのだろう。しかし弥太郎をかばい、上士に頭をさげる龍馬は「下士も上士も同じ人間ですきに」と言う。この"同じ人間思想"は、やはり自身の母親の行動に起因しているようだ。

そして龍馬は、こうも言う。「土佐もいつの日か、下士も上士もなくなる日が来るはずじゃ」それに対し弥太郎は「どういう風にしたら、そんな日が来るぜよ」と問う。「それが分からん。毎日毎日考えるけんど分からん」けれど一つだけ、亡き母親から学んだことがあると言う。『憎しみからは、何も生まれん』

 

 

水平線の向こう

砂浜に座り、水平線の先を見つめる龍馬。その先に何を見たのか、何を思っていたのか。今後彼がどのようにして、幕末の混乱の中に飛び込み、日本を駆け回り、海に乗り出し、仲間を集めて海援隊を作り、日本が生まれ変わる礎を作るのか。そして「坂本龍馬」となっていくのか。今後の展開が楽しみだ。

 

龍馬伝紀行

第1回『上士と下士』の"龍馬伝紀行"は、桂浜に佇む坂本龍馬像。高知県には近く訪れたい。夏に行ければ、いいなと思っている。桂浜の砂浜に立ち、そこから見える太平洋を眺める。龍馬もその景色を見ていたのかもしれない。

そういえば、しばらく海を眺めていない。海に行き、水平線を眺めると何故か心が洗われる気がする。そしてどこか懐かしい気持ちにもなる。潮の匂い。波の音。加山雄三さんが唄うように、海は"大きなその愛"を持ち合わせているのだろうか。そして"明日の希望(のぞみ)"をくれるのだろうか。

・〈坂本龍馬像〉:JR「高知」より、バス「桂浜」下車。そこから徒歩10分。

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