『美女と野獣』からみる、ディズニーの「美への価値観」

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エマ・ワトソン主演で実写化された、ディズニー『美女と野獣』。国内外問わず大ヒットとなった今作。アニメーション版から多少の変更点があるものの、根本的な教訓は変わっておらず、物語はこの教訓を軸として成り立っている。「外見ではなく、内面こそが本当の美しさ」であるという教訓だ。しかし物語の中には、ディズニーが古くから引きずる、「美への価値観」が見え隠れしている。

  

「美しい魔女」

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ディズニー『美女と野獣』は、「外見ではなく、内面こそが本当の美しさ」という教訓の上に物語が成り立っている。しかしその物語の中には、ディズニーが古くから引きずる「美への価値観」が見え隠れしている。その鍵となる「王子と魔女」の物語は、ステンドグラスの装飾として描かれ、始まる。

昔々、遠い国の美しいお城に王子様が住んでいました。彼は欲しいものは何でも手に入れることが出来ましたが、甘やかされて育ったのでわがままで冷たい性格でした。

ある冬の夜。年老いた女の物乞いがやって来て、一本のバラの花を差し出し、厳しい寒さをやり過ごすための宿を求めました。王子は物乞いの薄汚い姿を不愉快に思い、バラの花を見て鼻であざ笑い、物乞いを追い払おうとしました。

しかし物乞いは、王子に「外見に騙されてはいけない。美しさというものは人の内にあるのだから」と忠告しました。王子が再び物乞いを追い払おうとしたとき、年老いて醜い女の物乞いは、美しい魔女に姿を変えていました。

王子は謝ろうとしましたがもう遅すぎました。魔女は王子の心の中に愛のかけらもないことを見てしまったからです。そして罰として、王子を見るも恐ろしい野獣の姿に変え、城とそこに住む人すべてに強力な魔法をかけてしまいました。

王子はその怪物のような姿を恥じて、城に閉じこもってしまい、外の世界を知る唯一の手段は魔法の鏡だけとなりました。

魔女が差し出したバラは本当に美しい花で、王子の21歳の誕生日まで咲き続けます。もし王子がこのバラの最後の花びらが落ちる前に人を愛することを知り、愛されるようになったら、その時魔法が解けるのです。もしダメだったら・・・そのときは王子はそのまま一生野獣の姿でいなければならないのです。

年が過ぎて、望みももてなくなり王子は落胆していました。誰が野獣なんか愛してくれるのでしょうか?

 王子が野獣になる呪いをかけられた理由は、彼の性格と彼の他の人に対する価値観からだ。「内面ではなく、外見で人の美しさを判断してはいけない」これが全編に渡り、『美女と野獣』という作品の教訓となるわけである。しかし疑問に思うのは魔女がなぜ「美しい魔女」でないといけないのか、ということだ。「外見ではなく、内面こそが本当の美しさ」であるならば、醜い魔女が魔法を王子にかけても何の問題もないのではないか。

 

ディズニーの「醜い魔女」

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ディズニー作品において魔女というのは主に悪役として登場する。マレフィセント、アースラ等々。その中でも「醜い魔女」として一番最初に頭に浮かぶのは、『白雪姫』の王女だろう。

「鏡よ鏡。この世で最も美しいのは誰」という台詞で有名な彼女。この王女もディズニーの「美への価値観」を語る上で欠かせない要素だ。なぜなら王女が白雪姫を殺害しようとしたのも、美しさが原因だからだ。魔法の鏡が「この世で最も美しいのは白雪姫」だと言い、自分が最も美しいと考える王女は白雪姫の殺害を計画する。そして王女は白雪姫の目を欺くために、醜い老婆に姿を変える。老婆に哀れんだ白雪姫は、差し出されたりんごを一口かじり、永遠の眠りにつく(真実の愛で目覚めるが)。

美女と野獣』で共通している点は、王女も魔女も「醜い老婆」に姿を変えたということだ。その目的は違えども、彼女らが姿を変えたのは、目的の人物の目を欺くためだ。つまりディズニー(に限らず)作品で「醜い老婆」というのは、憐れみの対象であり、弱者の象徴なのだろう。

もし『美女と野獣』の作品中で、醜い老婆のまま王子に野獣になる魔法をかけたとしたら、ディズニーは自らの「醜い老婆」に対する価値観を振り払い、作品の教訓である「外見ではなく、内面が本当の美しさ」というのを、きちんと伝えられたと言えるだろう。

 

ディズニーは何を伝えるのか

美女と野獣』の冒頭場面で登場する、魔女に注目し、ディズニーの「美への価値観」について書いたが、他作品でもディズニーの「美への価値観」が顕著に表れている場面/ストーリーなどがあるだろう。

ディズニーの最近のアニメーション・実写は、女性/人種差別やLGBTQの問題に対する投げかけを作品中に取り入れ、またディズニーの昔の作品の物語にも、現代的解釈を取り入れている。だがそれらをメインキャラクターの行動などだけではなく、一見気づかないような細かなストーリー部分に取り入れることにより、さらにディズニーの作品としての質、社会的影響は向上すると思う。

今後のディズニー作品、特に「ディズニー・クラシック」と呼ばれる古い作品の実写リメイクで、どのような変化が見られるかに期待したい。

 

 

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