ガストンという男・ディズニー『美女と野獣』考察

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ディズニーアニメーション『美女と野獣』に登場する「ガストン」。彼はボーモン夫人による原作の本には登場しない、ディズニーオリジナル版のキャラクターだ。彼の存在理由というのは、ディズニー作品にほとんどいる「ヴィラン/悪役」という立ち回りな訳だけれど、よく考えたらヴィランではないのでは。そのような疑問が湧いてきた。そんなガストンという男について考察をしようと思う。

 

町の人気者なのか

 (アニメーション版において)ガストンが作品に登場する時、彼は狩を町中でしている。その時に彼の周りに人が集まるということはなく、彼を羨望の眼差しで見ているのは三人組の女性たちだけだ。しかし"Gaston(強いぞガストン)"の場面では、町人たちはガストンを讃えている。この2つのシーンを比べて生じる疑問は、「果たしてガストンは人気者なのか」ということだ。

映画後半で、町人の大勢がガストンに従い、野獣討伐に向かったことを考えると、彼を信用しているのは確かだ。けれど人気者なのか、と聞かれるとそうではないかもしれない。

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彼は容姿端麗だ。男の中の男という風貌。さらには狩を趣味としている。その証拠として酒場の暖炉の上には、ガストンが銃を持った絵画が飾られているし、彼が狩った数々の動物の頭も飾られている。また彼の初登場シーンも、飛んでいるガチョウを撃ち落とす場面だ。

 何が彼を「信用できるガストン」に仕立て上げたのか。アニメーション版から考察すると、それは彼の「力」にあると思う。

 

力が全て

容姿からも、狩りという趣味からも、彼は力を持っている。身体的な強さ。そして精神的な強さ。その両方だ。町人たちは、それらからガストンを信用したと思う。

分かりやすく例えを書いてみよう。あなたが中学生か高校生、または小学生だとする。その同じクラスに、容姿端麗な上に力が強い(スポーツができるなど)男子生徒がいる。そうすると自然とクラスは彼に従うだろう。そんな彼が学級委員長になる。するとクラスは彼を信用し、従うようになる。次第に彼を慕うグループなどもできるだろう。

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ディズニー『美女と野獣』でガストンは、このような状況なのではないだろうか。町全体がクラス。容姿端麗、力も強い男子生徒がガストン。「学級委員長になる」というのは、ガストンが町の人々を率いて、野獣討伐に出かけた時の状況の例えだ。

 

執着

ガストンが執着しているもの。それはベルだ。彼はベルしか、自分にふさわしい女性ではないと信じている。彼女に求婚を迫り、何度も彼女を手に入れようとする。

ガストンはこう言っている。「彼女と初めて出会った時、見た時、素敵だと思った。そして恋に落ちた。」いわゆる一目惚れというものをガストンはしたわけだ。ロマンチックだと思わないかい。そう彼は言うだろう。確かにロマンチックだ。けれど問題なのは、ベルが明らかに嫌がっていることを無視して、求婚まで迫るということだ。

ガストンの恋愛における価値観は分からないけれど、彼は野獣やベルと真反対のことを思っている。ベルや野獣が次第にお互いの内面を意識しあい、想うようになった。しかしガストンは町中がベルのことをなんと言おうと、ベルが美しいから、という理由で彼女を妻に迎えようとする。

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言い換えると「周りの言うことは気にせず、自分が恋した女性を欲している」。こういうことだ。つまりガストンはベルを物として見ているのだろう。酒場で飾られている動物たちの頭のように。周りに見せびらかす。そして自分の力をアピールする。

ベルは富豪の娘でもなく「プリンセス」でもない。そんな彼女を欲すガストンの理由は、作品のテーマ「外見よりも内面」というのを顕著に表していると想う。

 

実写版『美女と野獣』でのガストン

ディズニー実写版『美女と野獣』でも、もちろんガストンは登場する。演じているのはルーク・エヴァンズ。そんな実写版ガストンは、少しアニメーション版の設定に肉付けがされている。

アニメーション版では、ガストンが町の人々に信用される明確な理由がなかったが、実写版では新たな設定が加えられている。それは「帰還兵」ということだ。それも隊長。この事実を町の人々は知っており、ガストンを「キャプテン」と呼ぶ人もいる。ベルの父親モリースもその一人だ。

彼は「帰還兵であり隊長」という地位があるから町の人々に信頼されている。しかし「強いぞガストン」の場面でルフゥ(ガストンの手下のような男)が町の人々に、賄賂を支払う描写がされている。

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これは何を意味するのか。これに関しては、最初いい描写だなと感心した。なぜなら町の人々は悪ではなく、野獣の魔法が解けた後はいい人になるからね、と。しかし落ち着いて思い返すと、その描写はそれだけのものだったのではないか、そう思った。ガストンの信用とは全く関係なく、伏線回収のための描写なのか。少し残念だ。

 

マイルド

アニメーション版でガストンはベルに求婚を迫る男としての描写が目立つ。確実に成功すると思っていたベルへのプロポーズが失敗。沼に落ちたガストンは悔しそうに「ベルを俺のものにする」そう言う。

しかし実写版ではそれらの描写が極めてマイルドになっている。ベルへ求婚を迫るが断られる。この場面は同じようにある。だがガストンは肩をすくめるだけ。すごくマイルドになってしまったのだ。このような演出でガストンを(実写版で)どのような人物にしたかったのか。

「ガストンの狂気」これを演出したかったのではないか、そう思った。

 

狂気 

 ガストンはベルを手に入れるため「村に危害を与える」という口実を手に入れ、「恋敵」である野獣を殺そうとする。野獣に致命傷を与えるが、ガストンはバランスを崩し崖から転落。死亡する。ここに至るまでの流れがガストンの狂気をよく表している。

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髪を振り乱し、「優しすぎて(ベルが野獣を優しいと例えたため)、反撃することができないか」と嘲笑いながら、野獣に迫る。この時のガストンは、酒場で歌っていたガストンではない。狂気そのものだ。

外見に執着し、自分の名誉のためベルを手に入れようとする。しかも一人の女性ではなく、物として。さらにベルの野獣に対する気持ちを聞いた彼は、ベルに執着するあまり町の人々を率いて、野獣討伐へと向かう。実写版ではこの「狂気さ」が顕著に描かれ、アニメーション版よりも「狂気の人」として昇華されていた。

 

ガストンという男

ディズニーアニメーション『美女と野獣』のキャラクター、ガストンについて考察をした。彼はディズニーヴィランの中でも平凡な方だ。魔法の杖を持たず、フックのついた手もないし、王家の血筋でもない。しかし、その平凡さが生み出す、彼の「狂気」はディズニー作品の中でも随一だ。ルーク・エヴァンズ演じる実写版『美女と野獣』のガストンも、アニメーションに負けず劣らずの描写で描かれている。是非劇場で確認してほしい。

 

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