修学旅行と沖縄

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沖縄へは中学校の修学旅行で初めて訪れた。海や自然首里城など様々なことに期待を抱きながら、沖縄へ僕らは向かっていた。修学旅行なものだから、もちろんレポートも書かなければならなかった。レポートというか、感想文のようなもの。そのために事前学習というものを僕らはした。第二次世界大戦の沖縄での戦争についてだ。ビデオや本などの資料から、その当時がどうであったのかを僕らは調べた。しかし幾ら映像を観ても、文字を読んでも、その場に訪れる以上の経験はない。

僕らは「ひめゆり平和資料館」を訪れることになっていた。先生は可能性は低いが、そこでもしかしたら、元ひめゆり学徒生の話をお聞きすることができるかもしれないと言った。訪れる直前まで僕らはお話を聞くことができるか分からなかった。資料館に入場しても僕らはお話を聴けるか定かではなかった。

資料館には目を背けたくなるような展示があった。その時、展示を見ている僕らを、側から見たらどのように見えたのだろうか。

レポートのために必死にメモを取る人。雑談をする人。ミニシアターで席に座り、その映像を観ているのか、見ていないのか定かではない人。ただただ同じ展示を見続ける人。同じ学年の子達が、その瞬間にどう思ったのか知らない。その展示を読んだ時、目にした瞬間にどう感じたかを僕は知らない。彼らがどう思ったのかを知れるのは、修学旅行が終了した後の文化祭で、彼らが書いた感想文が展示された時だ。思ったことを文章にするのが上手い人もいるし、下手な人もいる。その「瞬間」にどう思ったのか、僕らは知ることが出来ない。

おおよその人が言う/書くのは「戦争は絶対にしてはならない」「争いは決してしてはならない」「罪なき人々が死んではならない」。なぜそう言う/書くのか。そういう風にしか表現が出来ないからだ。どんなに文が上手くても最終的には、そのようにしか表現できない。

しばらく展示を見ていた時、先生が僕たちに言った。元ひめゆり学徒隊の方のお話を聞ける、と。その時に僕はそれをどう思えばいいのか分からなかった。体験談を聞きたくないと思っていたと同時に、聞かなければいけないとうことも思った。

ひめゆり学徒隊のおばあさんは、僕らを見ると微笑んだ。そして話し始めた。

『時間が経つにつれ、「死と生」というものの境界線が分からなくなっていった。傷ついた兵士を治療するにしても、どうしようもない。治療する術も知らないし、看護しか出来なかった。片足が爆撃が原因で無くなっている兵士。血が吹き出すような大怪我を負った兵士。それらを目にする度に、自分達の「感情」が無くなっていくのが分かった。』

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