#1:『紅の豚』レビュー

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年末にスタジオジブリの『紅の豚』をとある機会で映画館で鑑賞することが出来た。『紅の豚』の鑑賞は、今回が初めて。飛行機の空中バトルがメインの物語だと今までは思っていた。

 

【1:作品情報】

題名:紅の豚

製作国:日本

公開:1992年

監督・脚本:宮崎駿


【2:ストーリー】

1920年代末のアドリア海は、ファシズムの足音と新たな戦争の予感におびえていた。それは決して「古き良き時代」などではなかった。食い詰めた飛行機乗り達は空賊となって暴れまわり、彼らを相手に賞金稼ぎたちは功を競った。その中に、賞金稼ぎとして最も名を上げていた一匹の豚、ポルコ・ロッソ(紅の豚)がいた。イタリア空軍のエース・パイロットだった彼は、自らに魔法をかけて豚の姿になってしまったのだ。ポルコをとりまく女性たち、手に汗握る空賊との戦い、アメリカからやってきた宿命のライバル、そして全編を彩る空を飛ぶロマン。誇りと金と女のために、命を賭けた戦いが今幕を開ける。
(「キネマ句報社」データベースより)

 

【3:レビュー】

ポルコ・ロッソ(マルコ・パゴット)がとにかくかっこいい。ダンディ。豚の外見であるにもかかわらず、周りの女性を魅了する。空賊連合の人達にも狙われているが、本当は彼らもポルコのこと好いているのだと思う。

さらに、自分の外見を気にすることなく、トレンチコートを颯爽と着こなし外を歩き、紅の飛行艇を操縦する、ポルコ。低い声で旧友と語り合うポルコ。彼は、他の人を羨んだり、妬んだりということはしていない。彼は、自分自身の生き方に誇りを持っている。
女性には優しく。愛する女性には、何事もなかったかのように寄り添う。と思ったら、颯爽とどこかへ、飛んで行ってしまう。愛する女性が、見えるところに佇んでいるのに、飛行艇から降りずに上空でアクロバティックな飛行をして終わり。側から見れば、なんだこの人と思うようなこと。しかし、そのようなことをやるポルコをかっこいいと思う人が大勢いる。僕も思う。なぜなのだろう。そんなことは、わからない。理由などいるだろうか。かっこいいものは、かっこいいのだ。

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かの有名な台詞、『飛ばねえ豚は、ただの豚だ。』鑑賞後その台詞について少し考えてみた。ジーナに電話越しに言ったその台詞。ポルコは、どのような気持ちで言ったのだろうか。

僕には、『飛ばねえ豚は、ただの豚だ。』と言う台詞が特に意味もなく言ったものに聞こえた。ただただボソッと。確かにジーナに言った台詞ではあるが、独り言のような...。

この台詞は、名言として広まっているけれど、ポルコはそんな深い意味もなく言ったのではないだろうか。特に意味はないけど他の人が聞いたら、何かすごいことを言っているように聞こえてしまうことがたまにあると思う。(少なくとも僕には、以前その経験があって、そこで感心するか...?というような出来事があった。)そのようなものなのではないだろうか。『飛ばねえ豚は、ただの豚だ。』という台詞は。

 

紅の豚』の舞台は、アドリア海イタリア半島の東とクロアチアギリシアなどに挟まれた美しい海だ。ポルコのダンディさの他に僕の目を惹いたのは、そのアドリア海の景色だ。アニメーションであるにもかかわらず、実際の海のような海のきらめきが表現されているのだ。けれど良い意味でのアニメーション感もあり現実よりも、もしかしたら綺麗なのかもしれない、と思えるような絵なのだ。ポルコとフィオが飛行機の工房の裏の水路からファシストの追手を振り払いながら水面すれすれを飛行するシーンの水しぶきの表現は、劇中でも作画随一のシーンだろう。

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またアドリア海の華と呼ばれる、ジーナが経営するホテル・アドリアーノの作画も素敵である。夜のアドリア海にあるホテル・アドリアーノの一つ一つの窓の明かりや周りに停泊する飛行艇、ネオンのぼんやりとした明かりなど。ジブリ作品の中でも周りの島などの景観も含めて素晴らしい作画ではないだろうか。

 

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ポルコの元戦友で、現在はイタリア空軍の少佐。ポルコの身を心配し、空軍復帰を勧めている。彼がポルコやジーナの味方であるため、空軍は二人に手を出せないでいる。ピッコロ社から飛び立ったポルコに抜け道を教えたり、無線で空軍の動きをジーナに伝えたりと、密かに協力している。ジーナと共に作中においてポルコを本名で呼ぶ数少ない人物である。モデルは、アルトゥーロ・フェラーリンであるが、アルトゥーロ・フェラーリン本人として描写されているかは明確でない。通信でジーナがフェラーリンからの情報である事を気付くシーンはあるが、劇中で直接対面するシーンはない。また、ホテル『アドリアーノ』内に掛けてある少年時代の古い写真には写っていない。(紅の豚 - Wikipedia より)

劇中にフェラーリンとポルコが映画館でモノクロのアニメーションを鑑賞しながら語り合うシーンがある。

フェラーリンがポルコにイタリア空軍に戻らないかと言う。ポルコは断る。ファシズムなどの肩書きを背負って飛んでいられるか、と。そんなフェラーリンも同じようなことを言っていた。同じような考え方でもあるにも関わらず、別々の道を辿った2人。

会話の内容だけでなくその状況もかっこいい。イタリア空軍の制服を着たまま、トレンチコートを着た豚(ポルコ)の隣に颯爽と座るフェラーリン。しかも、そのフェラーリン、すぐに話を切り出すのではなく、しばらくポルコが観ているモノクロの子供向けアニメーションを一緒に観るのだ。なぜ子供向けのアニメーションなのかは知らないが、「なんでこんなの観てるんだよ、ポルコ!」など茶化すことなく涼しい顔で観ているのだ。しかも空軍の制服を着ながら。かっこよくはないだろうか。このシーン。フェラーリンに注目して今一度鑑賞してみてはどうだろうか。

 

ジブリ作品の中でも一番好きかもしれない。特にこれといった「大冒険」はないものの。ポルコとジーナ。ポルコとフィオ。ポルコと彼の飛行機。ポルコとアドリア海。全てが叙情的な作品だ。音楽も素晴らしい。かっこいい。ダンディ。出来ることなら部屋で流しっぱなしにしたい映画。

紅の豚』の評価は

10点満点中 10点

是非鑑賞してみては。

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